考えすぎだとか言われたりして


 ときどき考えすぎだと言われる。それは「足が短いのどうにかならないの」とか「皮膚の色暗すぎない?」などと同じ質の指摘だということに、思考は意志によって(自在に)立ち現れ行われるということを信じ切っている人は気付かない。

 私の思考、頭の中の言葉と文章は、全開に捻ったまま持ち手を外した蛇口のように、ほとんど奔流と言っていいぐらいのはやさで絶え間なく続いている。思考は、流れると少しずつ脳の回路を削るものなのではないだろうか。水の流れが岩を削って川の形を変えるみたいに。時々そう思う。少しずつ脳が焼き切れに近づいているという感覚がある、磨耗している感覚がある(それは論理に筋がなかったり、話が飛び飛びになったり、考えがまとまらないことで実感される)。

 思考や感情はほとんど完全に自分のコントロール下にあると信じ切っている人は大勢いる。そういう人は世界の真実に対して盲目なのではなくて、脳や心の各部位が実際にまとまりを持って機能しているのではないだろうか、と思うようになった。

 脳みそが思い通りに動かない、あるいは考えていることと全く違う動きをする状態を精神の分裂ないし統合の失調と定義とするのなら、ほとんどの人間がこれに当てはまると考えていたが、どうやらそうではなさそうなのだ。つまり意思と考えがほぼほぼ協調しているのが、ほとんどの人間らしい。

 

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