2021年10月某日スライドポジで陶酔

 

 私は都市を歩いた。ジグザグに歩いた。橋を渡り、通りを横断し、階段をのぼり、角を曲がり、行きつ戻りした。のぞき込んだりしゃがんだり、立ち止まったり振り向いたりした。手には一眼レフがあり、高倍率ズームが連結されていて、リバーサルフィルムが装填されていた。広く狭く、近く遠く、視覚を縦横無尽に巡らせるズームレンズ。

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 現像から返ってきたフィルムをちまちまと切った。私はスライドを手に取る。一辺が5センチくらい、薄さ3ミリぐらいの正方形。白いプラスチックで出来ていて、中央にカットしたフィルムがはまっている。視覚の瞬間記憶をモノとして取り扱えるようになったのなら、そのチップはきっとこんな風貌をしていることだろう。これが未来人かロボットのうなじに設けられたスリットにカチリとはまる様を想像した。

 私はポジフィルムが収められたスライドを眺めた。万華鏡を買い与えられた幼子のように、あるいは待合室の水槽をねめつける狂人のように、あるいは明かりとり窓をにぶく睨みすえる阿片窟の住人のように、恍惚とした表情と、不健全に濁った眼球でいつまでも見つめていた。「薬が効いている間だけは頭の中がうるさくない」「酒に酔っている間だけは嫌なことを忘れられる」と言った人がいた。私は彼らの気持ちがわかる。スライドプロジェクターで鑑賞するにしろ、スライドまま光にかざすにしろ、風景が高密度に圧縮されたようなスライドポジに没入している間だけは、精神は凪ぎの状態にあった。

 

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