傷口にバスソルトを

 

 憂鬱がやってきた時のために方策を用意してて。あっ来たな、っていう時にその行動リストを参照する。憂鬱に取りつかれていると何が改善に結びつくのかということを深く考えられなくなることも多いから。とりあえずそのリストを見る、ということさえ出来れば安寧への橋頭保を築ける。精神がやられると思考や行動のまとまりがほつれてくるので、最初の動詞を「見る」の1つに絞っておくのだ。

 このリストは心が元気な時に作っておく。こうすれば心が元気になれそう、という行動を出来るだけ沢山書き出す。100行動ぐらいあれば気強い。気力の預貯金は出来ないけど、それに限りなく近い行動だと思う。

 毎年3月、4月頃(つまり今の時期だ)は具体的に何かがあったわけじゃなくても、わけもなーく憂鬱になる。僕はこれを春の嵐と名付けていて、その年が思春期を迎えたということなんだと解釈してる。5月には5月病という大義名分があったり、夏は夏で、秋には秋の憂鬱があるんだけど、なにしろ春は三寒四温(これは本当は冬に対して使う言葉らしい)のように、三鬱四躁、三悲四喜といった足取りで暮らしている。春嫌いだなあ。色んなパワーがやたらめったらに湧いてくる感じが。自然界は間違いなくマニックだね。

 憂鬱もかかり始めの処置が重要。リストの中には「入浴剤を入れる」「銭湯へ行く」という行動も載っていて、今日は入浴剤を入れた。入浴剤なんか別に毎日ドサドサ入れていいんだけど、当たり前になると有難味が減る気がして。ケをしっかりケするからこそハレがハレるんだと思う、まあハレってほどの贅沢では明らかにないんだけど。

 クナイプのバスソルトを頂いた。ので、これを投入した。俗に言う「敵にバスソルトを送る」だ。頂いたのはパイン(マツの木)とモミの香りというもので、とても気に入った。山に登ってたらいきなり雨が降ってきて、急いで合羽を着て、着終わる頃には雨があがっている時の香り。それが第一印象で、あのいら立ちが蘇るほどだった(大体、合羽というものは着ている時には雨は降らない、着てない時に降られるように出来ているのだ、と思う)。それから、ウイスキーの香りが表現されるときと同じ意味合いでの塗料や溶剤(シンナー)の香りも感じられた。リフォームされたての家に入ったみたいで気分が晴れた。

 そういうわけで僕は気力を取り戻した。お風呂に入るとウオー!ってなる。それは多分バカみたいに熱い湯に浸かってるせいなんだけど、血液がどろどろしてきて、やる気がむらむら湧いてくる。1000文字の文章も30秒ぐらいで書けちゃう。それは言い過ぎ。